2025年11月29日 飯綱城は上田盆地の北の壁ににあたる太郎山の南山麓に張り出した飯綱山の頂部に築かれ、その形状から甲城とも呼称される。「宝永郡絵図」に「赤羽兵部城」と記載されるが詳らかではない。本郭には60~70cm… 続きを読む 飯綱城
史跡の種類: 城跡
笹洞城
2025年11月29日 室賀氏は清和源氏信濃守源為公の次男為扶の三代後、盛快が名乗ったことから始まる。和田義盛の乱で、室賀二郎盛快は北条泰時に組みして戦ったが討死した。永享12(1440)年、足利持氏の遺子を結城氏朝が助… 続きを読む 笹洞城
砥石城
2025年11月29日 戸石、枡形、本城より成る規模雄大な山城である。天文年間(1532-54)、村上義清命を下して楽石寺雅方、布下仁兵衛らに築かせたという。天文19(1550)年8月19日、武田信玄は長窪へ到着した。2… 続きを読む 砥石城
新府城
2020年06月20日~21日 天正9年に武田氏の当主武田勝頼が新たに府中の中核として築造した新府城は、韮崎市を貫通する釜無川と塩川の2大河川の開削によって形作られた七里岩台地上にあり、その西崖を活かした要害の地に築城さ… 続きを読む 新府城
殿島城
2017年06月11日 天文の昔平氏の遺孫粟田口民部重吉の16代の後裔がこの地に来て城を築く。この城を春日城という。城主は在名を氏とし伊那部大和守重慶といい、初め300貫文を領して10騎の将であったが次第に増大す。本姓は… 続きを読む 殿島城
岐阜城
2017年06月04日 史跡の概要岐阜城跡は、金華山(稲葉山)に築かれた山城で、稲葉山城、井口城とも呼ばれていました。戦国時代に美濃国を治めた斎藤氏の居城であるとともに、織田信長が天下統一の拠点とした城としてもよく知られ… 続きを読む 岐阜城
小谷城
2017年06月04日 番所 小谷城の主要部への入口に位置する。通常、番所があった所といわれる。登城道に面して南北に細長く石垣を組み、周辺には腰曲輪が点在する。北側の石垣上に一段高い平地がある。現在、北谷から登る林道(自… 続きを読む 小谷城
安土城
2017年06月04日 安土城天主台跡 安土城天主台跡安土城の天主は、完成してからわずか3年後の天正10(1582)年6月に焼失してしまいます。その後は訪れる者もなく、永い年月の間に瓦礫と草木の下に埋もれてしまいました。… 続きを読む 安土城
高遠城
2017年04月23日 2007年04月29日 新城(盛信)神社・藤原神社 4月29日に桂泉院および高遠城址公園内の藤原神社で行われた慰霊祭および例大祭に参加させていただきました。当日は朝9時に桂泉院に集合することになっ… 続きを読む 高遠城
春日城
2017年04月23日 春日城の沿革天文の昔平氏の遺孫粟田口民部重吉の16代の後裔がこの地に来て城を築く。この城を春日城という。城主は在名を氏とし伊那部大和守重慶といい、初め300貫文を領して10騎の将であったが次第に増… 続きを読む 春日城
常昌寺(先達城)
2016年12月18日 享禄元(1528)年8月、武田信虎は諏訪攻略の兵を甲信国境付近に進めてきた。「神使御頭之日記」に「此年甲州武田方ト執合ニ付テ、8月22日に武田信虎堺へ出張候テ、蘿木ノ郷ノ内小東ノ新五郎屋敷ヲ城ニ取… 続きを読む 常昌寺(先達城)
信玄築石
2016年11月28日 昭和初期まで、中道往還が未だ徒歩の旅人や村人たちの通行に利用されていた頃は、此処に信玄築石と墨書した木の標柱が建っていましたが、年月の経過と共に朽ち果ててしまいました。この山裾を中道往還が通過して… 続きを読む 信玄築石
本栖城
2016年11月28日 烏帽子岳より青木ヶ原樹海にせり出した標高約1056mが城山山頂で、狭くて細長い山頂部分に数個の屋根切りを配し、自然の地形を利用し、郭を設け、防備を固めた中世山城の形態が残っています。竪堀には、地山… 続きを読む 本栖城
仁科神社(森城・仁科城)
2016年10月06日 森城森城は大町市平の森集落の北部にある。北に木崎湖、西に小熊山を控えた要害の地に位置している。古代からこの地方に勢力を張っていた信濃の名族仁科氏の北方の拠点であった。築城年代は明らかではないが、森… 続きを読む 仁科神社(森城・仁科城)
岩櫃城
2016年08月13日 岩櫃城は岩櫃山(標高802m)の中腹東面に築かれた典型的な中世の城であり、山頂より約200m低い場所に本丸・二の丸・中城があり、これらを中心に広い範囲で竪堀や曲輪が点在します。岩櫃城はその築城時期… 続きを読む 岩櫃城
勝保沢城
2016年08月13日 築城年代は不明であるが、宗玄寺開基の斉藤加賀守真氏(安清)が、天正18(1590)年落城後、自分の居館跡の方一町を寄進し寺を建立したと古記録にあるから、他の赤城山西麓の城郭と同様戦国時代の頃の築城… 続きを読む 勝保沢城
白井城
2016年08月13日 本丸 白井城は山内上杉氏の有力な配下で家老職を勤めた長尾一族のうち、白井を本拠とした白井長尾氏の居城である。長尾氏が上野国に入ったのは建武4(1337)年に上杉憲顕が上野・越後両国の守護となり、長… 続きを読む 白井城
長井坂城
2016年08月13日 二の丸 勢多・利根の郡界で、西は利根川の断崖、北は昭和村永井の深い谷、東南は赤城原野に続いて、沼田街道、「長井坂」の要所にある。極めて要害堅固の地に築かれた、戦国時代の代表的な崖端城で、永禄年間(… 続きを読む 長井坂城
沼田城
2016年08月13日 天文元(1532)年沼田氏12代の沼田顕泰が築城し柳町の幕岩城から移る。【上杉氏支配】永禄9(1566)年、顕泰は子の朝憲に城主を譲り、側室とその子平八郎を連れて川場村天神城へ隠居したが、平八郎を… 続きを読む 沼田城
旭山城
2016年05月01日 本郭 旭山城は善光寺の南西にある旭山の山頂にある。東側は山麓の直下を裾花川が南流し、南方約7㎞の地点には犀川が東流しており、難攻不落の天然の要害といえる。また眼下に善光寺平一帯を見下ろすことのでき… 続きを読む 旭山城
最近のコメント