2005年08月03日

高野山奥の院の参道には上杉謙信の墓もありました。奥の院入口の案内板には上杉謙信・景勝霊屋と書かれていましたが、場所は武田信玄・勝頼供養塔をすぎてすぐに反対側あたりのはずでした。
注意深く探しながら歩いたにもかかわらず見つけることができずに石田三成の墓まで来てしまったので帰路再び探してみることにしました。
結局結構奥まったところに上の写真のような建物が建っていて杭には上杉謙信廟と書かれていました。
墓石のようなものは見つけることができませんでしたが、この建物の中に入っているのでしょうか?
後日、米沢の上杉家廟所で聞いた話によれば、上杉謙信の本当の墓は高野山にあるものであり、謙信公から8代目までは高野山にお骨を納めに来ていたとのことでした。
高野山のこの場所が正式な墓であり、米沢の方へは分骨だったようです。