神之峰城

2015年10月12日 飯田市上久堅にある神之峰城は、天竜川東方の神之峰に占地している。西方に天竜川沿いの伊那谷平野部が一望できる。頂上を中心に神之峰全体に遺構が広がっている。頂上付近に堀を挟んで主郭と出郭があり、その南… 続きを読む 神之峰城

松尾城

2015年10月12日 本曲輪 松尾城址案内図 松尾城は天竜川の河岸段丘を利用して構築された連郭式平山城である。遺構の残存状況は良好である。下伊那地方の中世城郭のモデル的性格をもつ城郭の一つといえる。東方は天竜川に臨み、… 続きを読む 松尾城

鈴岡城

2015年10月12日 本丸 鈴岡城は天竜川の西、伊賀良段丘の突端部に位置している。北方に深さ約70mの毛賀沢川の侵蝕谷があって谷底に伊賀良川とよばれる用水が通っている。更に東方には段丘崖の直下から天竜川に向って駄科・長… 続きを読む 鈴岡城

鶏冠神社里宮

2015年07月26日 鶏冠山の山頂には金山の守護神であった「鶏冠神社」の奥宮がある。これと対になる「里宮(前宮)」は鶏冠山の北3.5kmの高橋集落にあり、ご神体の十一面観音像、随身像、狛犬、神輿、奉納された金の鏡、大同… 続きを読む 鶏冠神社里宮

投稿日:
カテゴリー: 甲州市

金鶏寺

2015年07月26日 一ノ瀬には「黒川山金鶏寺」があり、その名からも黒川金山から移転したものであることが分かる。一ノ瀬の田辺源吾氏は黒川、一ノ瀬関係の多くの古文書を所蔵している。その古文書によれば一ノ瀬は黒川の金堀りの… 続きを読む 金鶏寺

投稿日:
カテゴリー: 甲州市

黒川金山

2015年07月26日 約12年ぶりに黒川金山に行ってきました。上の写真は近代の坑道の部分ですが崩落していました。インターネットで調べてみると少なくとも2009年5月には崩落していたようです。立ち入り禁止の柵も壊れていて… 続きを読む 黒川金山

投稿日:
カテゴリー: 甲州市

小泉城

2015年07月19日 小泉城(冨岡城)小泉城は、延徳元(1489)年、冨岡主税介直光が縄張りをしたことに始まり、以降冨岡氏6代、約100年余の居城として栄え、威容を整えたものである。現在の城跡は、小田原北条氏の傘下に入… 続きを読む 小泉城

金山城

2015年07月19日 史跡金山城跡太田市のシンボルである金山に築かれた金山城は、文明元(1469)年から天正18(1590)年まで「難攻不落」を誇った名城です。昭和9(1934)年に県内で初めて城跡として国の史跡指定を… 続きを読む 金山城

山上城

2015年07月19日 山上城は山上五郎高綱によって築城され、戦国時代末期に武田勝頼に攻められ廃城となりました。丘城として遺構がよく残されており、本丸・二の丸・三の丸跡が公園として整備され、花の名所としても知られます。(… 続きを読む 山上城

村主神社

2015年07月19日 さかさ梅 天正8(1580)年、甲斐の武田勝頼が信濃の兵を併せて上州に侵入。厩橋城、大胡城、伊勢崎城と攻落した。膳城侵攻前に勝頼は全軍の兵馬に一息入れさせ、自らも村主神社の泉のほとりに馬を留め、持… 続きを読む 村主神社

中村城

2015年07月19日 姫塚 天正7年6月、膳城が武田勢に攻められて落城した時、中村城は運命を共にした城主中村右馬之丞の姫は薙刀を振って大奮戦したが力尽きてここで討死した。明治100年6月この碑を建てる。石碑文章より 堀… 続きを読む 中村城

膳城

2015年07月19日 膳城平面図 膳城跡は、兎川と湧水による湿潤な谷地の間の丘陵性台地の先端部に位置する。南北約550m、東西約300mほどの範囲の中に濠や土塁をめぐらし、本丸の他、数区画からなる郭を形成している。この… 続きを読む 膳城

大胡城

2015年07月19日 城跡は、南北に走る丘陵上にある平山城で、本丸を中心に二ノ丸を囲郭的に配し、北に北城(越中屋敷)、近戸曲輪、南に三、四ノ曲輪があり、東は荒砥川が流れ、その間に根小屋、西には西曲輪の平野部が附加され、… 続きを読む 大胡城

松原諏訪神社

2015年06月28日 この鐘は、弘安2(1279)年信州佐久郡大井荘(庄)落合の新善光寺に大井荘(庄)地頭源朝臣大井光長が寄進したもので、大和国下田村鋳物師伴長の作で、長野県最古の在銘梵鐘である。池の間の飛天の陽刻は鎌… 続きを読む 松原諏訪神社

海尻城

2015年06月28日 所在地 南牧村大字海尻下殿岡城の種類 山城城の構造山の尾根の末端で大月川の深い谷を選んで構築。本丸、二の丸、三の丸があり、西側の背面は大掘切で守られている。城の南側は日向前、北側を日陰窪と呼んでい… 続きを読む 海尻城

平賀源心胴塚

2015年06月28日 歴史及び伝説海ノ口城主平賀源心成頼は天文5年12月28日に武田信玄の奇襲にあい戦死した。不落を誇り武田氏をなやました海ノ口城は信玄16才の初陣の手柄により遂に落城し源心の遺骸がこの場所に埋められて… 続きを読む 平賀源心胴塚

さかさ柏

2015年06月28日 天然記念物「さかさ柏」往古、甲越戦に際し甲斐の将、武田信玄はここに馬を駐め、敵状を偵察しながら手にした柏の杖を逆さに挿した。(史実・海の口の合戦)後に、この杖から芽を吹き今日に至ったものといわれ、… 続きを読む さかさ柏

投稿日:
カテゴリー: 南牧村

海ノ口城

2015年06月28日 城の構造本丸背後の堀切が極めて深く又大きいことは他に比べても少ない。水の手は南方約280メートル下った谷間にある。本丸は約230平方メートル(約70坪)あり、二の曲輪、三の曲輪の跡もあるが今は荒れ… 続きを読む 海ノ口城

鐙堂観世音

2015年06月28日 鐙堂観世音由緒本尊十一面観世音菩薩は弘法大師の御霊作にして今より九百余年前武田氏始祖新羅三郎義光公は京師にありしが兄義家公奥羽征伐の軍利あらざるを聞き、官を棄てて赴援す。此の行に念持仏として常に崇… 続きを読む 鐙堂観世音

投稿日:
カテゴリー: 北杜市

茶臼山

2015年06月13日 戦国時代、ここ信濃(長野県)の川中島の地をめぐり、甲斐(山梨県)の武田信玄と越後(新潟県)の上杉謙信が幾度か激突した。その中で最も激しい戦いとなったのが、永禄4(1561)年の「川中島の戦い」であ… 続きを読む 茶臼山