道善処刑の地(道善畑)

2014年03月23日

長篠合戦に負け逃げ帰ってきた城主菅沼定忠が、留守居の家老今泉道善などの謀反で帰城できなかったことから、定忠は翌天正4(1576)年7月14日に夜討ちをかけ、一族郎党96人を捕らえてのち、首謀者・道善の首をこの地で生きたまま鋸で切り落としました。
(石碑記載文章より)

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