成慶院

2009年05月02日

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武田信玄は永禄3(1560)年に当院を武田家の宿坊と定めている。
元亀2(1571)年には武田家の宿老の山県昌景と高坂虎綱が寺僧に対し滞りがないようにしている。
天正元(1573)年、武田勝頼は家督相続をした時に成慶院から巻数などを賜った御礼として黄金2両を進上している。
天正4年に祈祷の巻数の御礼として信玄の画像を贈っている。それは、絹本著本、長谷川信春筆の伝武田信玄画像で、国の重要文化財に指定されている。
近年、像主に疑義が呈せられ、武田信玄ではなく、能登畠山氏とする説が出されている。天正5年、甲府から下伊那への伝馬5匹の手形を得ている。
(武田信玄大辞典より)

桜池院の方のお話では、以前は別の場所にあったが明治時代になってから今の地に移転してきたとのことでした。建物は鉄筋コンクリートでした。

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