安国寺院墓所

2014年05月18日

天下を平定し足利幕府の大将軍となった尊氏は、当時の名僧夢窓国師のすすめにより、興国6(1345)年にいたって光厳上皇に奏上して全国66ヶ国に安国寺利生塔を造立した。
信濃国における安国寺はこの地におかれ、この墓所に歴代の安国禅寺住持の墓標がある。
右奥に安置するのが開山の夢窓疎石の碑であり、戦国時代に武田信玄と共に諏訪へ来てこの寺の中興開山となった麟岳和尚の碑も苔むして並んでいる。
なおこの墓所上の城山の中腹に荒神社があり、御廟奥院とも云う。
(看板資料より)


2005年09月11日

天下を平定し足利幕府の大将軍となった尊氏は、当時の名僧夢窓国師のすすめにより、興国6(1345)年にいたって光厳上皇に奏上して全国66ヶ国に安国寺利生塔を造立した。
信濃国における安国寺はこの地におかれ、この墓所に歴代の安国禅寺住持の墓標がある。
右奥に安置するのが開山の夢窓疎石の碑であり、戦国時代に武田信玄と共に諏訪へ来てこの寺の中興開山となった麟岳和尚の碑も苔むして並んでいる。
なおこの墓所上の城山の中腹に荒神社があり、御廟奥院とも云う。
(看板資料より)

干沢城に登城する途中に、上の写真のような安国寺院墓所というのがありました。
帰宅後案内板の文章をゆっくり読んでみたら上の文章に書いてあるように夢窓疎石の碑があったとのことで、私は現地で確認することができませんでした。
やはり案内板の文章は現地でしっかりと読まないといけませんね。

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